科学研究費補助金による研究

平成22年度~25年度科学研究費補助金による研究

        

研究目的

平成21年度より中学校の体育(1年、2年)でダンスが男女必修授業の施行期間となり、平成24年度からは完全実施となる。これまで「女性のもの」という強いイメージから男子生徒に敬遠されてきたダンスの必修化は、男女両方にとって固定化されたジェンダー・バイアスを見直す絶好の機会を提供するものと考えられる。しかし、これまで国内外ともにモデル授業プランの紹介等がなされてきたものの、その指導方法及びその基盤となる理論について、学術的見地からの議論がなされているとは言い難い状況にある。ダンス授業の適切な内容・方法の検証はもちろん、指導者の研修・啓蒙を行い、効果的で適切な教育を実現することが喫緊の課題となっている。そこで本研究では、男女の枠にとらわれない多様性のある身体の体感を重要な指針とし、理論と実践のフィードバックを繰り返しながら、より精緻で実践的なダンス学習内容と指導方法の開発と構築を行うことを目的とする。

    

1.教材の作成と指導法の開発

 現在授業プログラムは以下の二段階の構成を想定している。
(1)抽出した古典芸能の学習を通して、伝統的身体文化における「男/女らしさ」そして性が交錯する在り方を体験し、動きに関する多方向的なジェンダー・イメージを学習する。
(2)動きによるジェンダー・イメージを意識化した後、学習した動きを発展させ、男女混合によるグループ・ワークによるダンス創作活動を行う。
上記の授業プログラムを作成するべく、第一に、研究成果を基づき教材となる動きのサンプルを作成する。日本の古典芸能の範囲を広げ、能を教材に加えるべく、能における男女の違いの表現性について、身体運動科学アプローチや印象評価等から分析する。第二に、実践と理論研究を繰り返す中で、授業プログラムの内容の洗練と効果的な指導法を模索する。

    

2.ジェンダー意識の変容についての調査

 実際実践的研究を繰り返す中で、生徒には実践前と実践後の質問紙調査を行い、意識の変化を検討し、授業プログラムの効果について明らかにする。

★本研究の特色

1.学術的な特色と独創的な点

 以下の三点が挙げられる。
(1)理論検証に基づく授業プログラムと指導法の開発
 身体運動科学アプローチや印象評価等の統計手法を用いた、客観的な理論検証に基づく従来にない授業プログラム、指導法の開発を行う点が本研究の最大の特色となる。
(2)体験学習とダンス創作という二段階構成
ダンス学習法としては、古典芸能の体験学習はこれまでも存在する。しかし、単なる動きの手本を真似る体験学習の枠にとどまらず、さらにそれを発展させて創作に至る二段階構成となっている点が従来のものと大きく異なる。学習の入り口は「模倣」という受け身に始まり、最終的には創作の試行錯誤というプロセスを通して「表現」という自発的な動きの理解を深めることを求める。
(3)ジェンダーの視点から抽出された古典芸能の教材
 ダンスの男女共修授業に古典芸能を教材とする点が従来にない新しいアプローチである。教材作成にあたっては、ジェンダー・バイアスを打破するような多様な性表現が含まれる動きに着目する。

★予想される結果と意義

 (1)生徒に与える影響と意義
ジェンダーについて、理論だけではなく身体を動かす中で問いかける場を提供すると予想できる。バランスのとれたジェンダー観を形成するためにも、成長段階の比較的早い時期に男女の枠を揺さぶるような身体体験を付することは大きな意義があると思われる。また古典芸能の動きは、長い期間をかけて醸成されてきたものであり、日本文化の審美的な体験という点からも、有用であると考えられる。
(2)国内外のダンス指導現場への貢献
日本の古典芸能を活かしたダンスの創造教育は、今までにないものとして強いインパクトを放つと予想される。既に開始されている男女共修授業の教育現場で困難を感じている指導者に貢献することが想定される。日本の伝統文化を前面に打ち出す教材の性質からも、日本から海外に発信する優れた男女共修のダンス授業モデルになると考えられる。

研究計画・方法

本研究は4年計画であり、準備、実施、評価・普及にそれぞれ1年、2年、1年を割り当てる。各段階では、理論化、実践研究、広報・普及の3つの作業を並行して進める。準備段階である1年目は理論化を主に進め、2年目以降の実践研究を準備する。実施段階である2年目・3年目は実践研究を中心とし、評価の段階である4年目は成果の総括と普及・広報に集中する。理論化の作業では、授業モデルの精緻化及び教育効果の検証のための方法と基準を検討する。実践研究の作業では、実験授業を実施して妥当性・効果性・実施可能性等を検証する。さらに、ワークショップにより研究授業を一般の教員に公開し、教員自身がそれぞれの現場で実施できるよう支援する。広報・普及の作業では、教材、指導要領(授業モデル)、パンフレット等を出版するとともに、ホームページによる進捗状況及び研究成果の公表を継続して行なう。

本研究は、以下のように進められる。

段階

年度

理論化

実践研究

広報・普及

 準備

22

基礎研究

準備・実験

HP

 実施

23~24

授業モデル立案

実験授業・WS

HP・教材等出版

 評価・普及

25

シンポジウム・WS

HP・講習会

平成22年度の計画

理論化の作業では、研究代表者の猪崎と研究分担者の水村がこれまでの実験結果を通して論文にまとめる。実践研究では、猪崎、水村、酒向および実験協力者の大学生が、教材を作成する。作成の段階では、舞踊家の専門的知識の提供を受ける必要がある。研究分担者の米谷は、教材の作成にあたり、サンプルの妥当性、客観性、信頼性を検証する。広報・普及におけるホームページ作成は、業者に委託する。

1.理論化(基礎研究)

平成22年度は、日本舞踊におけるジェンダー表現を研究対象とした研究(猪崎・水村 2009)を基盤に、最近技術の進歩により性能が飛躍的に向上した機器を用いた3次元解析システムを用いた身体運動科学的アプローチによるさらなる研究を進める一方、舞踊指導者やジェンダー理論家の協力により理論の洗練を行う。

2.実践研究(準備・実験)

身体科学や舞踊認知研究からの舞踊研究の成果を教材化するにあたり、実験データが効果的なデモンストレーションとなるように視覚化できる分析ソフト(3次元動作解析システム)を購入し、舞踊家と大学生(お茶の水女子大学 芸術・表現行動学科舞踊教育学コース学生)が行う動きとを照らし合わせながら解析し、それらを教材作成に反映させる。
教材の作成を経て、平成23年度から行うお茶の水女子大学附属中学校ダンス授業における授業モデルを立案し、研究協力者である附属小学校郡司明子教諭、栗原知子教諭、附属中学校宮本乙女教諭および都立杉並総合高等学校君和田雅子教諭を含めた研究会を開催し、本研究体制以外の舞踊教育専門家を含めて具体的な指導内容・方法を検討する。

3.広報・普及

本研究の具体的な進捗状況を一般に公開するために、ホームページを業者に委託して作成する。

平成22年5月~平成23年3月31日の研究実施計画

理論化の作業では、研究代表者の猪崎と分担者の水村がこれまでの実験結果を通して論文にまとめる。実践研究では、猪崎、水村、酒向が舞踊家および実験協力者とともにプログラムを検討し、分担者の米谷はプログラムに関する信頼性と客観性の測定方法を検討する。

理論化

先行研究に基づき、身体運動科学的アプローチによるさらなる研究を進める一方、舞踊におけるジェンダーの理論化を進める。

実践研究

5月に高校の授業で行うパイロット研究のプログラムについて打ち合わせを行う。6月に高校でのジェンダーフリーなダンスのパイロットとしての実験授業を行う。それにより、ジェンダーフリーなダンスの授業と評価方法についての資料を得る。8月にはお茶の水女子大学附属中学校において現職教員を対象にした研修会を開催する。そこて、現在の男女共修授業を題材として、体育教員、舞踊研究者、舞踊指導者らに話題提供をもとに参加者がディスカッションする。11月に琉球大学附属中学校のダンス研究授業を参観し、教師との意見交換を行う。
研究会は、6月、8月、1月の3回、お茶の水女子大学等で行う。

平成22年度の実績報告書より

本研究では、男女の枠にとらわれない多様性のある身体の体感を重要な指針とし、理論と実践のフィードバックを繰り返しながら、より精緻で実践的な男女共修のダンス学習内容と指導方法の開発と構築を行うことを目的とする。準備段階である22年度は理論化を主に進め、2年目以降の実践研究を準備することをねらいとして研究を進めた。具体的な内容は以下の通りである。
1.具体的な授業モデルの構築のために必要なダンス学習経験と動きのジェンダー意識に関する質問紙調査とそのデータ分析/琉球大学附属中学校:中1・2(授業前後)中3(授業後)/岡山大学附属中学校:中2(授業前後)/岡山大学:教育学部生 平成22年7月実施/神戸大学:学部生1年~4年(1回のみ)平成22年10月実施
2.ダンス授業実践研究/琉球大学附属中学校3年参与観察(平成22年11月15日)授業者へのインタビュー、授業記録の確認/岡山大学附属中学校2年参与観察(平成23年2月10日)授業者へのインタビュー、毎授業学習カードおよび映像記録
3.中学校における教育改革実践/岡山大学附属中学校での大学ダンス教員の介入授業の検討
調査および実践授業は分析中であり、23年度での学会発表と論文執筆を予定している。

平成23年4月1日~平成24年3月31日の研究実施計画

平成24年度は、実際に授業モデルを立案し、実施する実践研究の期間である。

1.理論化(授業モデル立案)

 1年目に行った琉球大学附属中学校、岡山大学附属中学校における調査研究にもとづき、授業モデルの

精緻化及び教育効果の検証のための方法の基準を検討する。

2.実践研究(実験授業・ワークショップ)

 1年目に行った教材の評価を通して改善し、改善したものを再度評価し、授業内容と方法も同じように評価と改善を繰り返す。実験授業は、岡山大学附属中学校および岡山市立の中学校のダンス授業において実施して、授業担当者を囲んで授業研究を行い、妥当性・効果性・実施可能性等を検証する。また、お茶の水女子大学附属中学校において日本舞踊家による実験授業を行う。ワークショップでは、実験授業を通して得られた授業モデルの一例を公表し、一般教員に評価を求め、ワークショップ後の研究会において授業モデルの検討を行う。その授業モデルを、参加した一般教員の授業でも行ってもらい、後日、その様子を討論する研究会を行う。

3.広報・普及

 ワークショップのためのパンフレット及びの作成、ホームページによる進捗状況及び研究成果の公表を行なう。

平成23年度以降の計画

 平成23年度と平成24年度は、実際に授業モデルを立案し、実施する実践研究の期間である。

1.理論化(授業モデル立案)

 1年目に研究成果としたまとめた学術論文の成果にもとづき、授業モデルの精緻化及び教育効果の検証のための方法と基準を検討する。

2.実践研究(実験授業・ワークショップ)

 前年度に行った教材の評価を通して改善し、改善したものを再度評価し、授業内容と方法も同じように評価と改善を繰り返す。実験授業は、附属中学校のダンス授業において実施して舞踊教育専門家の評価を受けるとともに、授業担当者を囲んで授業研究を行い、妥当性・効果性・実施可能性等を検証する。
 ワークショップでは、実験授業を通して得られた授業モデルの一例を公表し、一般教員に評価を求め、ワークショップ後の研究会において授業モデルの検討を行う。その授業モデルを、参加した一般教員の授業でも行ってもらい、後日、その様子を討論する研究会を行う。

3.広報・普及(HP・教材等出版)

教材の内容と説明、授業モデルの指導要領、パンフレット等を出版するとともに、ホームページによる進捗状況及び研究成果の公表を継続して行なう。

■評価の段階である4年目である平成25年度は、研究成果の総括と普及・広報に集中して行う。実践研究の作業ではパッケージ化したワークショップ形式の講習会を開催する。さらに、お茶の水女子大学において研究成果を報告して評価を受けるシンポジウムを開催する。お茶の水女子大学ジェンダー研究センターは、ジェンダー研究の国内の中心であることから、シンポジウムにはジェンダー研究センターからも出席をお願いし、舞踊教育、ジェンダー、体育の専門家による評価を受ける。また、シンポジウムの開催にあたり、学術団体の舞踊学会および現場のダンス指導者に影響を持つ社団法人日本女子体育連盟と連携するネットワークを構築したいと考えている。